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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)73号 判決

控訴人 大田八千代

被控訴人 大田勝 外一名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人大田勝、同金建秀が昭和五六年一月六日東京都立川市長に対して届け出た両者の間の中華民国台湾省の方式による昭和五五年六月二七日の婚姻は、無効であることを確認する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人明は控訴棄却の判決を求めた。被控訴人金は公示送達による呼出を受けたが、当審口頭弁論期日に出頭せず、本件控訴の趣旨に対する答弁書等、当審において陳述したものとみなすべき書面の提出もしなかつた。

二  控訴人及び被控訴人らの主張・認否は、次のとおり訂正するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表一〇行目から末行までを「(一)被控訴人勝と同金は、昭和五一年ごろ、台北市において知り合い、間もなく肉体関係をもつようになり、その結果、昭和五二年六月六日、両者の間に男子忠が出生したが、被控訴人勝は、右忠に日本国籍を取得させたいと考え、そのための方便として、被控訴人金との間の婚姻の届出をすることを決意するに至つた。」と改める。

2  同二枚目裏四行目の「子が出生し、国籍を」を「前記忠が日本国籍を」と改める。

三  証拠関係は本件記録中の各書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  その趣旨、方式に照らし真正な公文書と推定すべき甲第一号証、原・当審における被控訴人勝本人尋問の結果と弁論の全趣旨により成立の真正を認め得る同第四、第七、第一二号証、右本人尋問の結果(原・当審)及び当審における控訴人本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、原審における被控訴人勝本人尋問の結果中、この認定に反する部分は採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1  控訴人(昭和九年一月四日生れ)と被控訴人勝(昭和九年三月一一日生れ)は、昭和三六年九月六日、婚姻の届出をし、そのころから夫婦としての共同生活を営んでいるものであるが、両者の間には子がない。

2  被控訴人勝は、昭和四七年ごろから中華民国台湾省台北市に滞在し、同市内に所在する○○貿易公司という会社の代表者としてその経営に携わつていたものであるが、控訴人も夫である右被控訴人に従つて渡台し、同被控訴人の両親の世話をするため昭和五七年末ごろ帰国するまで、右会社の経理事務を担当しつつ、同市において同被控訴人と同居生活を送つていたものである。

3  被控訴人勝は、昭和五一年ごろ、前記会社の得意先接待などの目的で出入りしていた台北市内の酒場において、接客婦をしていた中華民国の国籍を有する被控訴人金(一九五二年九月一日生れ)と知り合い、間もなく肉体関係をもつに至り、その結果、被控訴人金は、同勝との間の子を懐胎し、昭和五二年六月五日、後に忠と名付けられた男子を出産したが、被控訴人勝は同金との右肉体関係をいわゆる浮気と考えており、右出産の前後を通じ、両者が同居して生活をしたことはない。

4  しかし、被控訴人勝は、右忠については自己の子として日本国籍を取得させたいと考え、台北市内に在住する現地の知人に相談したところ、中華民国の法律上は被控訴人勝と同金が婚姻した形式をとるほかないとの示唆を受けたため、その方策をとることを決意したが、これを実現する前提として、控訴人との婚姻関係を形式上解消させる必要があつたので、離婚届用紙を取り寄せたうえ、友人に依頼して妻の署名欄に控訴人の氏名を記載させるなどして両者の離婚届としての形式を整えた書面(甲第二号証)を作成し、昭和五五年五月三〇日、これを東京都立川市長あて提出し、同市長は右離婚届を受理し、その旨の戸籍記載をした。

5  そこで、被控訴人勝は、昭和五五年六月二七日、同金と共に台北地方法院に出頭し、同被控訴人との間で、中華民国台湾省の方式による婚姻手続を履践したうえ、昭和五六年一月六日、前記立川市長に対してその旨の証書を提出して婚姻の届出をし、さらに同年二月九日、前記忠の出生届を提出し、同人は同年一月二五日生れの被控訴人勝と同金との間の長男として戸籍簿に登載された。なお、右忠の実際の生年月日は前記のとおり昭和五二年六月五日であるにもかかわらず、被控訴人勝は同金の母がいずれかから入手してきた虚偽の出生証明書を用いて、その生年月日を昭和五六年一月二五日として届出たものであるが、これは嫡出推定に関する法律上の規定を考慮したことによるものであつた。

6  控訴人との間の離婚届の提出、被控訴人金との婚姻手続の履践等にさきだち、被控訴人勝は同金に対し、これらの手続はすべて忠に日本国籍を取得させる便宜のため、控訴人に無断で行うものであり、忠が日本国籍を取得したときは直ちに控訴人と復縁するための手続をとる旨説明し、被控訴人金もこれを了承した。なお、その当時、被控訴人金は控訴人が被控訴人勝の妻であることを知つていた。

7  控訴人は、忠の出生については、出生後間もなく被控訴人勝から打ち明けられてその事実を承知していたが、右被控訴人との間の離婚の届出がなされ、同被控訴人と被控訴人金との間の婚姻手続が履行されるなど、前記4及び5認定の一連の事実経過は、忠が被控訴人勝の長男として戸籍簿に登載されたことにより同人に日本国籍を取得させる目的が達せられたとして、同被控訴人が被控訴人金に対して(形式上の)婚姻関係の解消を求めたことから生じた紛争に端を発し、昭和五七年一〇月ごろ、被控訴人金が台北市内の同勝の居宅を訪れ、同被控訴人と同居中の控訴人に対しその旨を告げるまで、全くこれを知らなかつたものであり、もとより控訴人には被控訴人勝と離婚する意思はなかつた。

二  そして、以上認定の事実によれば、昭和五五年六月二七日に行われた被控訴人勝と同金との間の中華民国台湾省の方式による婚姻手続にあたり、右両者の間に同手続を履行すること自体については意思の合致があり、両者間に法律上の夫婦という身分関係を設定する意思があつたことは否定できないけれども、それは、日本国籍の被控訴人勝と中華民国国籍の被控訴人金との間の婚外子忠に日本国籍を取得させるための便法として仮託されたものにすぎず、少くとも被控訴人勝には、同金との間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思はなかつたことが明らかというべきであるから、右台湾省の方式による手続の履践に基づき被控訴人勝と同金との間に成立した婚姻は、その効力を生じないものといわざるをえない。しかるところ、右婚姻の前提として、昭和五五年五月三〇日になされた控訴人と被控訴人勝との離婚の届出については、控訴人に離婚を欲する効果意思はもとより、届出の意思もなかつたのであるから、右届出にその効力を認めることはできず、控訴人は、被控訴人勝の配偶者たる地位にあたるものとして、同被控訴人と被控訴人金との間の前記婚姻の無効確認を求めるについての法律上の利益を有するものということができる。

三  そうすると、東京都立川市長に対して昭和五六年一月六日届け出られた前記台湾省の方式による被控訴人勝と同金との婚姻について、その無効確認を求める控訴人の本訴請求は理由があるものとして認容されるべきであり、これと結論を異にする原判決は不当であつて、取消しを免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 尾方滋 浅野正樹)

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